軽井沢千住博美術館

千住博新作、世界初公開

「浅間山」

軽井沢千住博美術館2023年展「浅間山~Message from the earth~」千住博が受け取った大地からのメッセージ

2023年3月1日~12月25日

千住博が軽井沢を訪れる中、軽井沢周辺の自然とのふれあいの中で様々な作品が生み出されてきました。今回軽井沢の自然を形成する象徴の一つとしての浅間山をテーマにした新作が制作されました。

新作「浅間山」の公開

2022年11月5日に浅間山を訪れた千住博は、まるで対話をするかのように山と向かい合い、取材を進めていきました。取材で受け取った大地からのメッセージを、NYのスタジオで作品として完成させます。それが新作「浅間山」です。

浅間山周辺の自然は、溶岩流や滝、岩、森林など、火山活動を機に生まれた自然が残されています。実は千住博は30 年以上こうした自然の姿をモチーフとして描き続けてきました。ハワイの溶岩流を描いた「フラットウォーター」、「崖」そして「ウォーターフォール」などです。本展では新作「浅間山」を発表するとともに浅間山周辺の自然を彷彿とさせる作品の数々を展示します。

  • スケッチを元に、浅間山の実際の山並み(仏岩火山)を考慮しつつ制作を進めています。

  • 描いた輪郭を元に山や谷、丘を和紙をもんで作り、絵の具を流しています。人の力を超えたエネルギーを描き出したいと思っています。

  • 実際の何万年も前の噴火に心を寄せながら岩絵の具を撒き散らしています。頭の中には火山のイメージが溢れています。

  • 「浅間山」が完成しました。活火山のエネルギーはとても大きなものがあり、近年最も苦しんだ作品の一つです。2月に軽井沢千住博美術館に搬入し、3月から一般公開します。

本展の構成

■第1章崖の発展としての浅間山

「崖の誕生」
千住博の崖モチーフの初出は、2009年の直島・家プロジェクトでの「空(くう)の庭」でした。直島が立地する瀬戸内の風景を表現する手段として、海ではなく海に点在し瀬戸内の景色を形成する島々に焦点を当て、あらゆる島に特徴的に見られる崖の表情を描いたことに始まります。その後、これまで「滝」シリーズでは敢えて消されてきた、本来滝の背景にあるはずの崖を主役とした、新しい「崖」モチーフの作品シリーズが展開していきました。
「崖」の制作は、和紙を揉む「揉み紙」という手法によります。作家が手で揉んだ和紙の上に、岩絵具を垂らし、紙を水に浸して平らに伸ばすと、紙の凹凸の揉み目に絵具が堆積し岩のような表情が生まれ崖の姿になります。この手法は、紙を揉まない「滝」の制作法と基本的には同じであり、地球の引力の作用を用いた落水や堆積など、滝や崖の生成のプロセスを画面上で再現した、千住博特有の技法なのです。
「崖の発展」
初期の「崖」の作品は、自然にできた揉み紙の折り目への絵具の付着という偶然性による部分が多く、いわば抽象的な作品として成立していました。作品(1)~(3)「崖」(2012)は、アルプスのような山の壁のようにも見えますが、恐らくは画面全体に揉まれた紙のしわを、作家が後で、しわを山に見立てることでモチーフが形成されていったように推測されます。やがて、偶然性と作家の意図性が調和した作品(4)(5)「At World's End」(2017)が生まれます。作品では揉み紙が作家の意図によって完全に制御され、それにより作家が企図したあるべき形が作品モチーフとして生み出されています。2018年に完成し2020年に高野山金剛峯寺に奉納された、開祖空海の若き日の修行の苦しみと、制作に悩む作家自らの心境とを重ね合わせ眼前に立ちふさがる崖の屹立を描いた「断崖図」は、そのピーク的な作品といえます。
「浅間山」
千住博の重要な制作スタイルの一つは、地上にある自然を通した宇宙との対話です。路傍に転がる石くれも広く宇宙から見れば惑星の一片だと捉えることができます。そのように考えると私たちが住むこの世界もまるで異なったものとして見ることができます。作品(40)「月響」(2006)は夜の砂漠を描いた作品ですが、別の視点で見ると宇宙にあるどこかの惑星の景色のようにも見えます。つまり、私たちが見る地球は大宇宙の中の小宇宙にしか過ぎないことが述べられているのです。作家は私たちにそうした気付きを与えることで、私たちが住む世界や社会に対し新しい価値を見出すことを促しています。
こうした大地=宇宙との対話が新作(7)「浅間山」の制作につがっていきます。普段は風光明媚で穏やかな表情の浅間山の地下では、今も活発な火山活動が続いています。千住博が浅間山での取材で焦点を当てたのが、ハート型に象られた穏やかな表情の山頂火口でした。その火口から46億年前の地球創生のメッセージを受け取ることで作品の構想を練っていきました。火口下には、地球を構成する固体が内部で溶融したマグマが眠り、そのマグマが噴火することで浅間山が生まれたわけですが、千住はその造山活動の記憶と交信することで宇宙的な視点を手に入れることに成功します。アトリエでは、揉み紙の手法により山の輪郭が象られ、地下に眠る鉱石からなる岩絵具やプラチナなどを流出させることで浅間山が辿った記憶が画面上に再現され、その制作過程で交信した山からのメッセージを蘇らせた、宇宙的な視点から見た浅間山として作品は完成しました。「浅間山」の完成により「崖」シリーズは、作品への宇宙的な時間の内包という新しい展開へと向かうことになります。

■第2章浅間山の自然と千住博

浅間山とその周辺は、噴火や山体崩壊、溶岩流、そして火山活動にともなう湧水や滝、豊かな植生など多様な自然で知られています。そうした多様な自然は、実は千住博が30年以上前から描き続けてきたモチーフとも重なります。第2章では、浅間山を特徴づける様々な自然要素と千住博の作品との関係について見ていきます。

「フラットウォーター」
活火山としての浅間山の自然の特徴として挙げられるのが溶岩流です。これまで何度も噴火を繰り返してきた浅間山の歴史で最も著名なのが1783年の天明浅間大噴火でした。この噴火で鬼押出しが形成されたといわれています。溶岩流について千住博は「フラットウォーター」というシリーズ作品を1991年に制作発表しています(作品(8)~(10))。
千住は地球創成時を想起させる光景を体験するために、ハワイのキラウェア火山を取材しました。キラウェア火山は粘度の低いマグマのため、溶岩流が流れやすく、溶岩が海に流れ落ちるところを見られる時もあります。キラウエア火山をスケッチする中で、一番心惹かれ描いていた場所は、海辺にもかかわらず新鮮な水が湧き出る神秘的な場所ワイカプナ(現地語で平らな水)でした。実は「フラットウォーター」では、主題は溶岩流ではなく余白のように見える白い水と空なのです。水は神秘的なワイカプナであり、空は宇宙そのものの姿であり、作品には地球が神秘的な宇宙とつながっていることを示す作家の強い意図が感じられます。
「ウォーターフォール」
浅間山の火山噴出物が堆積した水平面から湧水が吹き出す白糸の滝も、浅間山の特徴的な自然の一つです。滝は千住博の代表的なモチーフですが、千住がモチーフの対象として最初に出会ったのがハワイでの「フラットウォーター」の取材時のことでした。「フラットウォーター」の制作に集中していても滝への興味が次第に膨らんでいき、やがて滝の制作が始まりました。平らな水である静の水「フラットウォーター」に対し、飛泉である動の水「ウォーターフォール」。正反対の性質の水の作品化への挑戦が始まりました。
「フラットウォーター」と「ウォーターフール」の最大の違いは、その制作方法にあります。「フラットウォーター」は水や岩などのモチーフを描いたものでしたが、作品(11)~(24)「ウォーターフォール」では、紙の上から絵具を流すことで、実際の滝の成り立ちを画面上で再現し、作品化されています。水を描かずに引力により垂らすことで、描くことではできなかった、宇宙的な現象を絵画の中に取り入れることに成功したのです。こうして描かれた「ウォーターフォール」は、第46回ヴェネツィア・ビエンナーレの日本館で代表作品「The Fall」(作品(25))として発表され名誉賞を獲得しました。タイトルを「Waterfall」(滝)ではなく「The Fall」(落下)とネーミングしたことがこの作品の本質を指摘しています。
「森」
浅間山麓に見られる豊かな森も千住博の重要なモチーフの一つです。初出の森は奥只見の森を描いた「湖畔」(1986)ですが、そこには芽生えた苗木、成木、枯れ木などの樹木の生々流転の姿が描かれており、絵画には宇宙的な時間という隠喩が埋め込まれていることがわかります。その後描かれた森の多くには、朝、タやその狭間の時間が背景として描かれています。時間を宇宙として考えてみた場合、作品(26)「Mの森」に描かれている背景は星空=宇宙そのものであり、私たちの世界が見方を変えるだけで宇宙とつながっているということが示唆されています。

■第3章その他の作品

日本の美術作品では、絵巻物などに見られるように、時間という要素が重要な役割を果たしてきました。千住は、絵巻物を現代的なかたちで再現できないかと考え続け、イマジネーションを育む絵本を描きました(作品(27)~(38)「星のふる夜に」)。それはストーリーがなく、絵だけで構成されている絵本でした。作品の背景である森と街を、鹿という自然を隠喩した主人公が行き交う中で、現代社会へのノスタルジーと落胆、そして自然=宇宙への回帰が描かれています。
1980年代後期の作品(39)「湖畔・ジョアンの樹」、(6)「ジ・エンド・オブ・ザ・ドリームNo.11」は金泥とラピスラズリという人類が生み出した至高の色で描かれています。人類文明滅亡の瞬間を描いたともとれる作品ですが、ここにも現代文明への憧れと懐疑、そして宇宙的な時間に包まれることへの希望が描き込まれています。